荒川岳志のプロフィル

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私は北海道新聞で記者を21年余り勤め、
新聞記者として数千本の記事を書きました。
新聞社とテレビ局は連携しています。
北海道新聞の記者生活のうち2年間は
テレビ北海道のニュースデスクとして出向しました。

TV局の取材現場の指揮を執り、
テレビ東京の番組制作の流れに携わることもありました。

現在は、新聞やテレビに取り上げてもらうためにどうしたら良いのか、
分かりやすく伝える仕事をしています。

仕事の内容は
・企業の広報育成研修
・業界や団体のマスコミセミナー
・企業や個人向けのPRコンサルタント(面談やスカイプ)
・企業の広報戦略に向けた専属契約(業種ごとに1社ずつ)
・プレスリリース制作代行や添削指導
・記者会見対応の研修(企業や団体向け)
などです。

さて…なぜ、私がこんなことを始めたのか…。

新聞記者になるなど、思ってもみませんでした。
私が生まれ育ったのは北海道の登別市です。
山と海に挟まれ、きれいな川が流れる街で
高校卒業まで暮らしました。

大学に通いながら築地市場で働きました。
大学4年になって、ブラジルに行こうと決めました。
この時も「帰国後は築地で働こう」と思っていました。

翌年の1988年から89年までの1年間、
サンパウロ市で研修留学生として暮らしました。
留学中に、ある悲惨な出来事を目撃しました。
それが転機でした。

目の前のことに責任を持つ仕事に就こう。
愚直だったのか、新聞記者がその仕事だと思いました。
今でも、当時の判断は間違いでは無かったと思います。

私の故郷から、私のベースの北海道から始めたい。
それが、北海道新聞を第一志望にした理由です。

寝る時間が削られ、締め切り時間に追われる。
記者生活は大変でしたが、現場と社会の懸け橋として働くことに生きがいを感じました。

記者は何でも書けるわけではありません。
記者クラブや支社支局に配属され、その責任範囲の取材をしています。

10年ほど前からあることを書きたくなりました。
その取材は北海道新聞の記者ではできないのです。
他の新聞社や雑誌でも無理でしょう。
2011年6月、北海道新聞を退社しました。

独立後、周りの経営者からたくさん、質問されました。
・どうしたら新聞記事で取り上げてもらえるのか
・記者にアプローチするにはどうしたら良いのか
・テレビ番組で取り上げられる道筋はあるのか

これほど多くの経営者が悩んでいると知りませんでした。
自分の経験と知識、考え方が役に立つのなら…。
新聞社とTV局では取材の考えが違います。
扱うニュースも集める素材も違います。
どうやって説明したら分かってもらえるのか…。

2012年の暮れから講座を作り始め、2013年3月、北海道中小企業家同友会札幌支部でセミナーを開きました。
初のセミナーに約100人の経営者が集まりました。

私のセミナーはその後も変化しています。
時代に合わせ、伝え方も系統化して、初めて聞く人でも分かりやすいように平易な言葉で伝えています。

特に、私のセミナーが変わった出来事がありました。
鍵山秀三郎氏との出会いでした。
2014年5月、鍵山氏の私塾「求根塾」に入りました。
鍵山秀三郎氏はイエローハット創業者で、日本を美しくする会を創った「掃除道」の方です。

 

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それまでの私は、ともすればマスコミへのアプローチ手法だけを説いていました。
しかし、よく考えると、鍵山氏のおっしゃるように、
「小さなことに感謝して生きる」
「言行一致である」
などといった言葉は、人の道を説いているわけですから、
マスコミにどう取り上げられるかにも通じます。
セミナーの根底にある柱を「人とつながる」ことに決めました。

不思議なのですが、私がコンサルティングした相手が、以前にも増して、マスコミに登場するようになったのです。

2015年10月には出版もしました。
著書「新聞に必ず取材されて記事になるたった1つの方法」(太陽出版)は
アマゾン総合ランキング8位を獲得。
これは、新聞記者を辞めた後につながった友人たちが、
一生懸命に応援してくれたおかげです。

新聞記者時代によく、取材先で相談されました。
・どうしたら新聞で大きく取り上げてもらえるのか
・全国紙や雑誌に掲載されるのはどうしたら良いのか
・テレビニュースで取り上げてほしいのだけど

記者当時は苦笑しながらアドバイスしたことが、現在の仕事になっているのですから不思議です。

マスコミに関すること、PRもそうですが、分からないことがあれば相談してください。

長くなりました。一度、整理した記事を掲載しなければと思っていました。

メディアコンサルタント 荒川岳志 あらかわ・たけし

 

 

<略歴>
<1963年>北海道で生まれる。
<1988~89年>大学を休学。研修留学生としてブラジルに。
<1989~90年>東京都千代田区のPR会社でマスコミにプレスリリース発行を学ぶ。
<1990年>北海道新聞社に記者職で入社。社会部、広尾支局長、テレビ北海道出向(報道制作部ニュースデスク兼経済番組ディレクター)などを経験。
<2011年>北海道新聞社退社。
<2012年>株式会社ジャンパップを設立。代表取締役に就任。
<2013年>「マスコミ引き込み術」スタート。新聞やテレビ登場への「最速・最短」コースを教え始める。

①新聞社②テレビ局③PR会社ーの3業種すべて経験したノウハウで、
「マスコミに登場したい企業や個人」が「最速・最短」で願いを叶えるためにサポートします。

 

 

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